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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3887号 判決

原告

久下下

外一名

代理人

丸山一夫

被告

交友自動車株式会社

代理人

佐藤昌三

井出雄介

主文

被告は原告らに対しそれぞれ金五五万円およびそれぞれ内五〇万円に対する昭和四三年四月二四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らのその余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一  被告は原告両名に対し各一一五万円および内各一〇〇万円に対する昭和四三年四月二四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求める。

第三  請求の原因

一  (事故の発生)

訴外久下絹枝は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四二年一一月五日

(二)  発生地 群馬県利根郡白沢村大字生枝一六八一番地路上

(三)  事故車 普通乗用ダットサン

(群馬五わ一四六二号)

運転者 訴外 森田周

(四)  被害者 訴外絹枝同乗中

(五)  態様 前記路上を日光方向より沼田方面に向つて進行中、左側崖下に転落

(六)  被害者訴外絹枝は即死した。

二  (責任原因)

被告は事故車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三  (損害)

(一)  原告らの慰藉料

原告らは、訴外絹枝の両親であつて同訴外人を二〇年間に亘り、手塩にかけ、愛情をかたむけて養育して来たところ、本件事故の結果、最愛の娘を失つた悲しみは親として量り知れないものがある。

その精神的損害を慰藉するためには、原告らに対し各一〇〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用

以上により、原告らは各一〇〇万円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、日本弁護士連合会会規七号による弁護士報酬基準額の平均たる請求金額の一割五分即ち各一五万円を第一審判決言渡後遅滞なく支払うことを約した。

四  (結論)

よつて、被告に対し、原告らは各一一五万円

および内金一〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年四月二四日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四  被告の事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項は認める。

第二項中、被告が事故車を所有していることは認めるが、後記抗弁(一)の理由により、被告は本件事故当時、事故車を自己のために運行の用に供していたものではない。

又、訴外森田は訴外絹枝とドライブを共にするという共同目的で賃借したものであり、訴外絹枝は訴外森田と共に運行の利益を亨受するものであるから、訴外絹枝も運行供用者というべきであるから、同訴外人は自賠法第三条の「他人」に該当しないから、被告は同法条による責任はない。第三項は争う。

二  (抗弁)

(一)  運行支配・運行利益の喪失

被告はレンタカー業者であつて、昭和四二年一一月四日訴外森田に対し、貸与期間二日、料金は五四〇〇円に走行粁数に一粁当り一三円を乗じた額の合計との約束で、事故車を貸与したもので、自動車が貸し渡された場合には、その車に対する支配は賃借人に移行し、被告としては賃料取得の利益があるだけであつて運行による直接の利益を有しないのであるから、運行利益も被告にはない。したがつて被告は運行供用者たる地位を喪失した。

更に、本件においては、訴外森田は訴外絹枝を好意的に同乗させたのであるから、同人に対する関係では同人の利益のためにも運行されていたのであり、被告は好意的同乗者である訴外絹枝に対する運行供用者に当らない、というべきである。

(二)  過失相殺

本件事故当時、訴外森田は煙草を吸いながら片手で訴外絹枝と話し合いながら運転していたにも拘わらず、被害者たる訴外絹枝は自らも運転免許を有しながら注意せず、かえつて自らも話し合つていたものである。

したがつて、本件事故発生については、被害者訴外絹枝の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定に際しこれを斟酌すべきである。

(三)  損害の顛補

被告は本件事故発生後自賠責保険により三〇〇万円の支払いをしたので、右額は控除さるべきである。

第五  証拠関係

(一)  運行支配・運行利益の喪失は否認する。訴外森田が事故レンタカー業者である被告より事故車を被告主張の期間、賃料で借りたことは認めるが、貸与に際しては種々の制約があり、右の如き賃貸借関係においては、なお運行支配を有するものというべきであり、被告は賃料取得により運行の利益を有することは明らかである。

(二)  訴外絹枝の過失は否認する。

(三)  三〇〇万円の支払いを受けたことは認めるが、原告ら主張の慰藉料額はこれを考慮した上での金額である。

第六  証拠関係

本件記録中証拠目録記載のとおり。

理由

一(事故の発生)

請求原因第一項は当事者間に争いがない。

二(責任原因)

被告がレンタカー業者であつて事故車の所有者であること、昭和四二年一一月四日に被告が訴外森田に対し期間は二日間賃料は五四〇〇円に一粁当り一三円に走行粁数を乗じた額を加算した額で、事故車を賃貸したことは当事者間に争いがない。そこで、運行支配・運行利益喪失の抗弁について按するに、証人二村寛の証言によれば、被告においてはレンタカーを貸与するに際しては、運転免許証を所持していることを確認し、その際運転免許証取得後間もない者には貸与しないのが建前であり、使用時間・行先を確認する他、行先・時間を変更する場合には被告に連絡をとることとされていること、更にガソリン代は車の使用料とは別に客が負担することが認められる。したがつて、被告は自動車の貸出に際して運転者を選択することができ、貸出期間は短期間であり、運行中においても運転者より連絡があるときには一定の指示を与えることができるものというべく、自賠法三条の拠つて立つ危険責任、報償責任の法理に照らせば、運行供用者に要求される運行支配は必ずしも直接的支配であることを要せず間接的な支配で足りるものと解するのが相当であるから、右の如き支配を有する被告は、訴森外田に事故車を貸与したことによつて運行支配を喪失したものとは認められない。更に、被告は短期間の貸出を反覆継続し賃料を取得することを以て自動車所有の主たる目的としているものであつて、顧客の運行を通じて利益を得ているものというべきであるから、その運行利益は被告にも帰属するものと解するのが相当である。以上の理由により、被告は運行利益を有するものとして、事故当時事故車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。

次に、被告は、訴外絹枝は訴外森田と共に事故車を借り受けたものである旨主張するが、〈証拠〉によれば、事故車は訴外森田が単独で借り訴外絹枝はこれに同乗したに過ぎないことが認められ、したがつて訴外絹枝が運行供用者であつたものということはできない。

更に被告は、好意同乗者である訴外絹枝に対する関係においては被告は運行供用者に該当しない旨主張するので、この点について判断する。レンタカー業者においては無償同乗者のあることは一般的に予期すべきものというべきである。ところで、車の所有者が好意同乗者を含む無償同乗者に対する関係では運行供用者に該当しないが、通行人の如き第三者に対しては運行供用者に該当する場合があり得るとする考え方、すなわち通行供用者概念を対人的に相対的に解する考え方が妥当であるかは議論の存するところであるが、相対性を肯定する場合においても、本件の如き車の所有者にとつて賃借人たる運転者が他人を無償で同乗することを了知したとしてもこれを拒否する正当な理由のない場合には、無償同乗者に対する関係においても運行供用者性を阻却するものと解する余地はない。したがつて、訴外絹枝に対する関係においても被告は運行供用者である。

三(損害)

(一)  慰藉料

損害額の算定に先立ち、訴外絹枝の過失について按ずるに、〈証拠〉によれば、本件事故の発生する少し前に訴外森田は数台の自動車を追い越し、その頃同人は煙草を吸いながら片手でハンドルをさばき、訴外絹枝と話をしていたこと、本件事故の直接の原因は道路のカーブに気づかずにバスを追い越すべく加速し、カーブ直前で道路が右に曲つていることに気づいたが間に合わず崖下に転落したことが認められるが、右事実によつては未だ訴外絹枝に訴外森田の運転に注意を与えなかつたこと或いは適正な運転をするよう指示を与えなかつた過失があるとすることはできず、他に訴外絹枝の過失を認めることはできない。

ところで、原告両名の各本人尋問の結果によれば、原告らは絹枝の両親であつて、同人をして高等学校を卒業させ、その間小学校五年の時から花柳流の舞踊を習わせるなど愛情を以て養育し、漸く成人に達した同人の将来を楽しみにしていたところ本件事故で愛娘を失つたことが認められる反面、右尋問結果および〈証拠〉によれば、訴外絹枝は素行のよくないことがかなり明白な訴外森田に誘われるまま、深夜ドライブに赴いていることが認められる。右の事実および本件事故の態様、本件訴訟においては訴外絹枝の逸失利益の請求がなされていないこと、その他諸般の事情を斟酌して、原告らの慰藉料は各二〇〇万円を以て相当と認める。

(二)  損害の填補

被告が原告らに対し自賠責保険により計三〇〇万円を弁済したことは当事者間に争いがない。

(三)  弁護士費用

以上により、原告らは各五〇万円を被告に対し請求しうるものであるところ、原告両名の各本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば被告はその任意の弁済に応じないので原告らは、弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行とを委任し、手数料および報酬として各一五万円を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯に鑑み、被告に賠償を命ずべき金額は各五万円を以て相当と認める。

四(結論)

よつて、被告は原告らに対し各五五万円および弁護士費用を除いた五〇万円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年四月二四日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(篠田省二)

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